2015 東北の旅 最終回


最終日

蒲鉾の工場見学もできる
「高政」からスタート。



厚め柔らかめで種類も豊富な
とても美味しい蒲鉾のお店です。

女川は町全体がが津波に襲っわれ、
次に行く高台の病院が避難所になります。

「高政」さんは波の被害は無かったものの
大変な状況の中、食糧が来るまで
蒲鉾を作り続け
避難場所で配ったお店です。


お店の駐車場



手前側が海。アーチ状の建物は商業施設
写真で光ってしまっている地域に高政さん

海方向に戻ります。
坂道をグーッと登り町全体を見下ろす病院へ。


病院入口の柱には、波の高さが記されています。

広い駐車場に約200台避難してきた車は
流されたそうです。
まさか、ここまで!という高台です。

裏手にも回っていくと石碑がありました。



ここで近くの自宅で助かったお年寄りに
どこから来たの?と声を掛けられました。

あの日いつもどうり3時に散歩に行くところ
大地震で柱にしがみつき、その後海の奥から
白く巻物のような津波が見えたそうです

地震で家からでて集まっていた
30人くらいの人達に知らせ、
もっと上に来たことで助かりました。
みんなのいた場所は車も流されました。

とにかく逃げること。
その後のいろいろな問題も聞かせてくれました。


今回の旅のもう1つの目的地
「食事処 おじか」さん


2012年の夏ころ
出会わせてくれた吉成さんと代表で
息子に二升炊きの炊飯器を
おじかさんに届けました。
旧カフェパパでカレーやビーフシチューに
使っていました。

おじかさんは海鮮丼やカツ定食などのお店
お店も自宅も流されました。
今はコンテナ村商店街で営業中。
ランチタイムには満員の人気店。
お元気で本当に良かった。

1.2.年後には、お店を開く予定です。
笑顔が嬉しい♪




帰りに寄った鮮魚店。
海鮮料理もしています。
町が整備されてもそちらには
お店を出さないと言っていました。


試食で、初めて食べました。

小さな入り江の蛤浜。
「はまぐり堂」


漁師の実家をカフェにした若いオーナー。
本によく紹介される人気のお店。
隣接してギャラリーもある
とても魅力的な佇まい。

残念ながらお休みでした。

全部で何件だったのかな?
高い場所の家が数件ありますが、
コンクリートの土台。
玄関のタイル。
草地の中に、今ここで暮らしている方達と
一緒に笑ったり仕事をしていた仲間が
いたのだと思います。
毎日、目にして暮らすのは
辛くて淋しいことと思います。

はまぐり堂から、浜辺を見る。




この場所を最後にして、
新幹線に乗るため、仙台に向かいます。

レンタカーを返す時間に余裕ができたので
青葉城へ寄りました。
途中の東北大学が木々に囲まれて素敵!

初めて来た本丸跡は、仙台が隅々見渡せる
素晴らしい景観でした。

仙台も大変な被害がありましたが
ここからは判りません。
高い位置から伊達正宗は見ていたんですね


ここには、何か乗っていたような、、、。

地震で鳶が落ち壊れてしまったそうです。




最後に。

行かなくては。とずっと思っていた被災地
2泊3日だったけど、濃い旅でした。

想像できない体験をされた方達の
笑顔や優しさに強さを感じました。
みなさん洋服一枚からの支援や
ボランティアに感謝されていました。
今は物質面では落ち着いてきたので
これからは自立。と言う方もいました。
仮設から家へは一番の願いと思います。

大人はもちろんだけど、
家族を無くした子供たちの生活や心の傷も
心配な現実があります。

遠くても出来ることを出来る範囲で
続けることだ。と改めて思います。

取材旅行ではないので、
メモをとる事もせずでお話を聞きました。
着色はしていませんが、
私の感じたままの言葉になりました。


旅行でも物産の買い物ツアーでも
何でもいいので
東北のみなさんに会う機会があったら
ぜひ!と思います。




りくカフェのハーブ

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